2012年5月25日 (金)

怒りは私の心の中に

昨夜、息子とケンカした。
なんであんなに腹が立ったのか、
とにかくとにかく腹が立って仕方がなかった。
家族も私のいつにない様子に驚いてた。

実は、私も驚いてた。

「なんでかな~」と今日一日考えていたら、
夜の会議中に、全然関係ない話なのに、思い当たることがふっと湧いてきた。
潜在意識からあぶりだされてきたのかな。

昔、むかし働いていた職場での話。
私はあろうことか窃盗の疑いをかけられた。
私の人生最大のディスカウントだった。
人を殺したいと思ったことはないけど、
噂を流している人のことを死ねばいいのにと思ったことはある。

思い出したくもない出来事だったし、
いつの間にか時の流れとともに、記憶にも蓋がされていた。

その蓋をされた記憶が、
昨夜の息子との会話で、彼のバッグから水筒を取り出した私に、

「ボクのバッグから盗んだの?」

と言った彼の言葉に激しく反応した私の心と繋がってたんだ。

昨夜はそのことを思い出さなかった。
そこまでは、思い出したくない記憶の蓋がちゃんと閉じてた。

今日一日かけて、自分でその蓋を開けてしまった。
あぁあ。なんて面倒なことをしてしまったんだ。
お片付けしなきゃいけないじゃないか。

四半世紀も前の出来事なのに、心に傷として残ってたんだね。
そのころは泣き寝入りするしかできなかったけど、
おばちゃんになった私は、
「なんで『盗んだ』なんてことを言われなくてはならないんだ。
私は今まで一度も人のものを盗んだことは無い。
キミの言ったことはとっても失礼だ。」って
泣かずに息継ぎ無しで言える。

「盗む」という言葉の重さが、私と息子では、鉛とアルミぐらい違ったんだな。
それが理解できたら、息子に対する怒りは無くなった。

もしかしたら、うら若き乙女の負った心の傷も、
おばちゃんの怒りのパワーによって癒されたかもしれない。
まあ、これで良しとしよう。

怒りの原因って、私自身の心の中にあるんだなぁ。
息子には正直に話して謝ろう。

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2012年5月21日 (月)

PTA会長 拝命!!

先週末のPTA総会で承認され、地元の中学校のPTA会長になりました。
ほんまかいなと思ってましたが、やおら、現実味を帯びてきて、
そしてとうとうその日が来ました。

コーチングや心理学には教育の現場で役立つことがたくさんあるので、
子ども達の笑顔のために、貢献できることを考えていきます。

執行部経験もない、地元に人脈もない、土地勘もない、
ないない尽くしの私に向けて、白羽の矢をつがえていたことは
まったくの驚きでした。

会長に適格である認めてくださったことは余りある光栄だけど、
長男の幼稚園入園以来14年、
親として最低限のノルマのPTA活動しかしてなかったし。

したいかしたくないかと言えば、したくない。
できるかできないかと言えば、質はさておきなんとかできそうな気はする。
やるべきかやらざるべきかと言えば、やったほうがいいのかもしれない。
で、するか、しないか。これは大きな選択。

会長になったときに共に仕事をする新執行部の方々とも場を持ち、
何がベストなのかを話し合いました。

その中で、この方々となら楽しいことも苦しいことも一緒にできると思い、
末子の義務教育最後の2年間、会長としてお礼奉公することにしました。

4年前の春に、ここに引っ越してきたときには、
そんなことは想像だにしませんでしたよ~。
転校初日に、意気揚々と登校した息子は、
新調した制服が色とりどりのチョークの粉だらけになって、帰ってきたんですから。
厳しい洗礼を受けたものだ。

彼は激しく自尊心を傷つけられたに違いないけど、
その自尊心を失うことはなかった。
中学を卒業する時には、たくさんの仲間に囲まれていた。

ある意味では、息子たちの中学生活でのあり方が、
私を、今、この立場に押し上げてくれたのかもしれない。

とはいえ、P(保護者)とT(先生)合せて592名もの組織ですから、責任重大。
頑張りますrock

2年後、前会長に「白羽の矢を立ててくれてありがとう」と
心からの笑顔で言おう。

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2012年5月 2日 (水)

文武両道

昨夜からバッグに入れっぱなしになってた携帯を昼前に見たら、
すでに数件の着信・受信アリcoldsweats02 しまった。

どれも「おめでとう」コメントでした。
んんん?なんだろう。

今朝の中国新聞に長男の部活の戦績が載ってたそうです。
どれどれ

あ~、載ってます。県大会優勝の栄誉。
ほほ~っ。こうして記事でみるとスゴイ。

祝福をありがとうございます。
広島で暮らして4年。
こうして「おめでとう」って言ってくれる友達が
私にもできたってことも嬉しいな。

試合があったことはもちろん知ってたし、
その試合で1位だったことも知ってたけど、
息子の口調から、練習試合だと思ってた。

きっと、本人的には、この勝利は通過点で、
もっと上を目指してるってことかな。
インターハイも夢ではない…かも。

彼は、今、高校3年生。
進学校ゆえ、周囲は3年生になるとボチボチ部活を引退し、
課外授業を受け、受験へとシフトしている時期です。

部活も進路も、自分で納得して進むことが一番。
与えられた負荷に耐える力と、
その力の抜き方・抜き加減を体得する時期でもある。

青春だねshine

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2012年4月24日 (火)

たとえ胸の傷が痛んでも

前回の更新から実に13か月coldsweats01
人間関係も同じですが、間が空くと敷居が高くなりますね~。

なんだか父や兄の死が心に引っかかっていて、
何かを書こうとすると、とても私事になりそうで、それに抗ってました。
私は自己完結型で、自分で消化&昇華する質で、
自己開示が下手なんだろうと思う。
きょうのブログはガッツリ私事です。

先日、あい塾(こどもの心育てのコーチング茶話会)の後で、
参加者のみなさんとランチしながらの会話で、
アンパンマンのマーチの話になりました。

♪そうだ うれしいんだ 生きる喜び
♪たとえ 胸の傷が 痛んでも

♪何のために生まれて 何をして生きるのか
♪こたえられないなんて そんなのはいやだ

「何のために生まれて、何をして生きるのか」
この深い問いは哲学です。

こどもを育てる中で、この歌と出会い、新米ママ時代に哲学しました。

肉体は若いころをピークにやがて衰えていくけれど、
精神的に成長し続けるために生きる。

…という答えにたどり着いて数年後、父が認知症に。

あれぇ?

父の精神的な成長は止まってしまった、それどころか後退している。
私の見つけた答えは間違ってた。

そんな話をしたら、介護の仕事をしているAyaさんが素敵なことを教えてくれました。

「それは、周りの人を成長させるためじゃないかな」

そうなのか、ウチのお父ちゃんは私を成長させるために惚けたのか!!
眼からウロコが剥がれ落ちた気がしました。

自分が成長した次は、自分の周りの人を成長させるために生きているんだ。

確かに、父の最期の数年を通じていろいろなことを感じ学び成長したと思う。

一番初めは、父の排泄物で汚れた病室を掃除しながら、
大好きな父が壊れていっていることが辛くて涙が出た。
無神経な母は「そんなに臭い?」って言ってたけど、そうじゃ無い。

一度だけ、物を見るような感情のない目で見つめられた時も悲しかったなぁ。
それ以外は、私のことが誰なのかわからなくなっても、
ずっと愛情深い眼差しをくれている父を愛しく思ってた。
表層意識はどこかにとんでしまっても
父の潜在意識の中でちゃんと「佳子」が存在しているって確信を持てた。

父は私を激しく愛していた。
たとえ、私が法に触れる悪いことをしたとしても、
アウトローの父は私を命を懸けて守ってくれただろうと思う。
だから、私は悪いことはできなかった。父を悲しませることもしなかった。
今も、「ああこんなことしたら、お父ちゃんが悲しむ」と思うことが、
何かの抑止力になってる。

人は、肉体はやがて衰え滅びても、
その精神は成長し続け、やがて周りの人を成長させる存在となる。
その命が尽きても、周りの人を成長させ続けている。
そのために生まれ、生きている。

Ayaさん、ありがとう。

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2011年3月25日 (金)

サマータイムブルース

1988年
素晴らしすぎて発売できません
という新聞広告と共に発売中止となった
忌野清志郎さんの名曲。

あの頃、恐ろしくて目を背けていたこと、
楽観することで目をそらしてきたことが、
現実に起きてしまった。

http://www.youtube.com/watch?v=aJdMa1VI0do

RCサクセション
サマータイムブルース
オリジナル歌詞: E. Cochran & J. Capehart
替え歌詩: 忌野清志郎

暑い夏がそこまで来てる
みんなが海へくり出していく
人気のない所で泳いだら
原子力発電所が建っていた
さっぱりわかんねえ、何のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

熱い炎が先っちょまで出てる
東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねえ、誰のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金取られ
たまのバカンス田舎へ行けば
37個も建っている
原子力発電所がまだ増える
知らねえ内に漏れていた
あきれたもんだなサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い
それでもテレビは言っている
「日本の原発は安全です」
さっぱりわかんねえ、根拠がねえ
これが最後のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金取られ
たまのバカンス田舎へ行けば
37個も建っている
原子力発電所がまだ増える
知らねえ内に漏れていた
あきれたもんだなサマータイム・ブルース

電力は余ってる、
要らねえ、もう要らねえ

電力は余ってる、
要らねえ、欲しくない

原子力は要らねえ、
危ねえ、欲しくない

要らねえ、要らねえ、欲しくない
要らねえ、要らねえ、

電力は余っているよ
要らねえ、危ねえ、

Love Me Tender
オリジナル歌詞: E. Presley& V. Matson
替え歌詩: 忌野清志郎

何言ってんだー、ふざけんじゃねー
核などいらねー
何言ってんだー、よせよ
だませやしねぇ
何言ってんだー、やめときな
いくら理屈をこねても
ほんの少し考えりゃ俺にもわかるさ

放射能はいらねえ、牛乳を飲みてぇ
何言ってんだー、税金(かね)かえせ
目を覚ましな
たくみな言葉で一般庶民を
だまそうとしても
ほんの少しバレてる、その黒い腹

何やってんだー、偉そうに
世界の真ん中で
Oh my darling, I love you
長生きしてえな

Love me tender, love me true
Never let me go
Oh my darling, I love you
だまされちゃいけねぇ

何やってんだー、偉そうに
世界の真ん中で
Oh my darling, I love you
長生きしてえな

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2011年2月 4日 (金)

私の「引き出しの中のラブレター」

昨年、映画「引き出しの中のラブレター」の
ツイッターで想いをつぶやこうキャンペーンでツイートしたら、DVDが当たっちゃった。
どうしても辛くなりそうで、届いてからも、なかなか見られなかったのですが。
今日、これからテレビでも放映されるそうです。

ツイートしたのは兄への想い。

.@hikilove
お見舞いの後、留守電に「楽しかった、ありがとう」って不自由な声。
「嬉しい」って瞬間の気持ちではなく、
「楽しい」って一緒に居る時間への想いが辛いよ。
赦した筈なのに、残された時間は少ないのに、ありがとうが言えなくてごめん。
本当はウチも楽しかった、ありがとう。】

病気のため、もう長くはない命だとわかっていたけれど、
複雑な思いが交錯して「ありがとう」が言えず、
その代わりに、ツイッターでつぶやきました。

私が両親の老後のためにと積み立てていた貯金まで、
こっそり全部使って自己破産して、
仕事も心の健康も体の健康も失い、自らの人生を破綻させた兄。

子どもの頃は憧れだったはずの兄の存在は、
いつしか恥ずかしく情けない存在となり、
夫や子どもたちに申し訳なくて、兄との縁を切れるものなら切りたかった。
でも、兄を見捨てれば、母が悲しむ。
母の苦悩を私が見て、私の苦悩を私の息子達が見てる。
だから赦そうと決めました。

末期には、進行性鼻壊疽で鼻は崩れ落ち、眉間に穴が開き、目は失明と悲惨でした。
独身の兄にとって、私がある意味で拠り所であることはわかっていたから、
お見舞いに行った時は、ことさら子どもの頃のように「にいちゃん、にいちゃん…」って
時には何時間も筆談を交えて話して帰りました。

ちょうど去年の今頃でした。
お見舞いの帰り、ケータイの留守電に
「楽しかった。ありがとう」って、ままならない言葉を、一生懸命な声で。
私と過ごす残りの時間を大切に感じていた兄の思いに涙が溢れました。
私は兄の存在に「ありがとう」って言ったことが無い。
この優しい声を偲ぶ日が近づいて来るのが辛くて、すぐに消去しました。

このツイートから1ヶ月もたたないうちに兄は逝ってしまいました。

結局、私は兄に「ありがとう」が言えないままでしたが、
あのツイートを@hikilove久保田真生さん(映画の主人公のラジオパーソナリティ)が、
「想いが届きますように」と寄り添って祈ってくれたことで救われた気がしました。

ツイッターがまるでラジオ番組のようで…。(あっ、それを狙った企画でしたね。)
ラジオの好きだった兄なので、病室のラジオから、
言葉にできなかった「ありがとう」が届いてたらいいなと…。

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2011年1月28日 (金)

もしも世界がクライアントだったら ~It's time to move on.~

日本コーチ協会広島チャプターで
CTIジャパンCEOの榎本英剛氏を招いての講演会を開催しました。

榎本氏によるとコーチングとは
「誰かをエンパワーすることで、望ましい変化を創り出すこと」

エンパワーの反対は無力感。
エンパワーメント(Empowerment)とは
ウィキによると「個人や集団が自らの生活への統御感を獲得し、
組織的、社会的、構造に外郭的な影響を与えるようになることである」。
権力・権限・特性・能力を授けて、自律的に行動できるように支援すること、
そしてその輪が広がることかな。

もしも世界がクライアントだったら…
地球全体を宇宙から見てるような感覚で、
大地や海、地球上の生きとし生けるものとその営みを感じたなら???
これは神の目線に近づくことなのかも知れないって思う。

その感覚を保持しつつ、
目の前に居るクライアントさんを見つめると、
クライアントさんの向こう側に居る人を感じる。
その人の向こうにもそのまた向こうにもつながっている。
一人の人の心の中のことと世界って実はつながっている。

ミクロのコーチングがマクロのコーチングにつながっている。

実際、榎本さんが私の目の前に居る時、
榎本さんは私という存在を懐に擁きつつ、
同時に私に繋がる世界の全てを包み込んだ感触がした。
そこに居る一人一人みんなに対してそうだった。
机の上の話ではなく、実際に榎本さんはそうだった。

「どうやったらそんなに人を覚えられるんですか?」
「覚えようとするんです」と榎本氏
単純明快。
自然に覚えるのではなくて、意識として顕在化させて覚える。

そもさん「内なる声を聴くには?」
せっぱ「普段から自分との対話に感覚を研ぎ澄ましておく」
‘calling’が降臨するらしい。

「内なる声」は得てして今の自分には都合が悪く感じるもので、
そんなこと言ったって…って、合理的ないろいろな言葉が頭を駆け巡る。
それでも「内なる声」は聴こえてくる。

私の内なる声はなんと言っているんだろう。
クライアントさんの内なる声はなんと言っているんだろう。
callingの降臨を聴き逃さないようにしよう。

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2010年9月29日 (水)

第九ひろしま2010

初めて第九に挑戦中です。
「第九」とはもちろん、ベートーヴェンの交響曲第9番。
12月の第九イベントの合唱団に入団しました。

理由は2つ。
一つは、『ヒロシマ第九伝説』と出会い感銘を受けたこと。

被爆翌年の大晦日、
広島市の音楽喫茶「ムシカ」でかけた第九のレコードが、
市民に生きる勇気を与えたという伝説です。

http://daikudensetu.hp.infoseek.co.jp/
http://www.city.hiroshima.lg.jp/minami/gaido/dennsetu/daiku/daiku.html

もう一つは、第九の好きだった亡兄への鎮魂歌として、
読経やお祈りの代わりに。

歌ってみると、これが想像以上に難しい。
カラオケJポップシンガーの私には難行苦行。

アルトは音が取れない、ソプラノは高音が出ない、
どっちにしても歌詞はドイツ語。
そして、致命的にも私は楽譜がイマイチ読めない。

高い音は練習で出るようになるらしい。
ソプラノにしよう。
ドイツ語はありがたいことに、カタカナの歌詞が楽譜の巻末についてた。
大学時代に2年間ドイツ語を習ったじゃないか。
パート別の練習用のCDもあるらしい。

なんとかなるかもしれない。

パート練習に参加してみると、
指導してくださる先生の個性の違いが、とても面白い。

最初の先生は
笑いを交えて緊張を解きほぐしながら、
コーラスをのせてのせてのせて、
気が付いたらみんな声が出てるって感じ。
体感覚が優位なタイプ。

次の先生は
「歓喜の歌」の詩の意味を、私達にわかるように伝えてくれて、
だからこの言葉を大切に歌うんだと、私達の内側へアプローチ。
言語感覚が優位。

その次の先生は
ドイツ語の発音と、音符の一つ一つに、
この単語のこの文字を載せるってことの
解説が実に分析的。
聴覚優位かな。

とってもあたりまえだけど、3人とも歌うことも教えることもお上手。
綺麗な声が出るようになること、
歓喜の歌の意味がわかること、
ドイツ語をそれらしく発音できること、
どれも大切な要素。

老若男女、仕事もさまざま、
素人も居れば玄人も居る集団で、
ひとりひとりの可能性を最大限に引き出す。
これはコーチング的だなぁ。

12月の本番ももちろん楽しみですが、
それまでのプロセスも楽しみ。ムフフ。

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2010年8月31日 (火)

祈り

この夏、広島平和記念資料館に行きました。
中学生の頃、修学旅行で1回、
大学の頃、インカレで広島に来たときに寄ったのが2回目。
今度で3回目です。

2年前、広島で住むことになり、
広島市の中心地を一望できるところに居を構えました。

陽炎の揺れる穏やかな町並みに、地獄の光景を重ねてみます。
一瞬の閃光と衝撃波、きのこ雲、黒い雨
ここからみえる景色一面が焦土と化し、
あの川にもこの川にも屍が溢れ、
目の前のこの峠にもたくさんの人が倒れて…

広島市民になったからには、やはり行かなくてはと、
使命感のようなものがあり、やっと先日行って来ました。

少女の頃のように、ご飯も喉に通らなくなるようなショックも、
青年期のような真っ直ぐで鋭い社会義憤も、
あの頃のと同じようには感じませんでした。
その時、その歳でないと感じられないことがあるんだなぁ。

四十代半ばの私は、また違う感じ方。
とりわけ、原爆の子のモデルである佐々木禎子さんの生涯を思うと、
正義感と自己愛に満ちた若い頃の私と、
いろいろな事を知り、
自分のことよりも大切に想い愛する人のいる今の私では
伝わってくる悲しみの深さが違いました。

禎子さんがどんな想いで鶴を折ったのか、
禎子さんのご家族はどんな想いでその折鶴を見ていたのか。
生きたいと祈ったに違いない。
生きていて欲しいと祈ったに違いない。

被爆当時の市中人口はおよそ35万人。
その一人ひとりの当たり前のささやかな日々が一瞬で吹き飛ぶ。
一人ひとりの悲しみを目の当たりにすると、
健康な心を持った人なら、誰でも心が動かされると想います。

それを国家レベルの話に移したならば、たちまち情勢は変わります。
今年8/6のルース駐日大使の広島平和記念式典出席に関連し、
クローリー米国務次官補が自身のツイッターで
「広島では、謝罪することは何もないが、
戦争の影響を受けたすべての人々に配慮を示す」と
ツィートしたことは記憶に新しいですね。
平和の実現のために、
平和な社会では決して許されない殺戮が公認される。
何たる矛盾。

と、敢えていろいろな視点に自分を置くと、
別のものが見えてくる。

祈世界平和
まずは、家庭の平和から。

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2010年7月15日 (木)

思考に気をつけなさい……、……それはいつか運命になるから

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
                  ~マザーテレサ~

顔は「脳が作った形」、顔にはその人の心が表れているという。
そして顔の筋肉は形状記憶。
いつも笑顔で居ると、普段の顔も笑顔になってくる。
いつも怒っていると、デフォルトモードでも怒り顔。

この前「表情が硬い」ってフィードバックを受けました。
自分では安心感のある顔だと思ってたので、ちょっとびっくり。
心や脳が硬いのかなぁ。

そういえば思い当たる節がある。
このブログに書いてること、結構硬い。
頭の中で考えてることもこんな感じ。

私は、精神的なガードは固い方かも。
なるべく心に波を立てず平常心でいたいと思ってる。
怒るのも、悲しむのも、落ち込むのもイヤ。
大切な人と心がつながってさえいれば、どこでも平気、独りでも平気。
それは、40数年生きて会得した心の術。
マイナス方向に傾かないようになった分、
嬉しい、楽しい、ウキウキ、ワクワク、ルンルン方向にも傾きにくいのかな。

そもそも「表情か硬い」と、どんなデメリットが?
人様が感じる印象が、とっつきにくい感じがするんだろうなぁ。
おすましの猫タイプで、誰にでも懐くわけではないし、時間もかかる。
ちぎれんばかりに尻尾を振る仔犬なら、人の方から近寄ってくるもの。

仔犬のように喜べる?

昔、上司から「笑顔の素敵な岩元さん」と言われたことがとても嬉しかった。
誰の笑顔も、笑顔って素敵。
笑顔スイッチはどこにでもある。ただ見過ごしてしまうだけ。
見過ごさないようにしよう。柔軟でいよう。

確かリッツ・カールトンだったと思うけれど、
電話を受けるオペレーターの人が、
鏡を見ながら笑顔で対応しているのをテレビで見た。
笑顔から出る声には、言葉だけでは伝わらない
リッツのホスピタリティが含まれていた。

感化されやすい私は、デスクの前に大きな鏡を置き、
クライアント氏とのセッションの時に、表情を意識した。
時々、鏡からのフィードバックに自分で驚く。
わッ、私、こんな顔してる。

マザーテレサ風に

心に気をつけなさい、それはいつか顔になるから。

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2010年6月18日 (金)

喜んで ~Always be joyful.

「あんたぁ、もっと喜び上手になりんさい。」

創業塾・中小企業大学校の講師、藤田悠久雄先生からの言葉。
先生の言葉は深い。

喜びを心で感じていても照れて言葉にできないんだなぁ。
それは私が持っているつまらない殻のせい?
いや待てよ、喜ぼうと思っても、
そもそも私は喜びの表現のバリエーションが貧困。
コツが分からない。
喜ぶには喜べる感性が必要。
きっと見逃している「喜び」がたくさんあるんだろうなぁ。

「ありがとうございます」「感謝してます」なんて言葉は
常識人であれば当たり前の場面で当たり前にに出てくる。
これは思考から出る言葉。

一歩踏み込んで、私が嬉しい、私が喜んでいるという
私の内側から出ることを言葉にするのは難しい。
これは感情から出ることば。

思考はコントロールできるけれど、
感情はプラスもマイナスもコントロールしにくい。
怒りが自分で抑えられないように、
喜びを自分で湧かせることは難しい。

「いつも喜んでいなさい」という聖書の言葉を思い出した。
私はクリスチャンではないのだけれど、その言葉の深さに気が付いた。

「いつも感謝しなさい」ではなく、「いつも喜んでいなさい」。
これはとっても高度な精神作業。

そう思うと褒めるのも思考のお仕事だから、喜ぶよりずっと簡単。
ポイントさえ押さえれば、褒める技術は身につけられる。

喜ぶにはどうしたらいいんだろう。

先生との別れ際、
もちろん感謝しているんだけど、
喜びとして表現するのは、わざとらしい気がして難しいという私に、

「言葉で伝えなくてどうするん。
 口に出して喜んでたら、気持がついてくるから。」

例えば、その日、藤田先生に会いに行ったことだって、
出会いまでのプロセスでお世話になった人がいるからで、
そのことに気持を向けて感謝を喜びの言葉にすれば、
喜びの心が自然に湧いてくる。

「先生ありがとうございます。先生とお会いできて嬉しいです。」

なるほど。使う言葉で気持がプログラムされていく。

子どもとの関わりだってそうだ。
健康に感謝してる。でも、ちゃんと喜んでるかな。
存在に感謝してる。でも、ちゃんと喜んでるかな。
お手伝いをしてくれることに感謝している。でも、喜んでる?
私が喜ぶと、子どもたちも嬉しいにちがいない。
そういえば、子どもの喜ぶ顔みたさに、いろんなことをしたなぁ。
子どもが喜ぶと、私も嬉しい。
こんなことを考えているだけで、無垢な喜びが湧いてきた。

ずっと前、テレビの旅番組かなにかに
元カリスマホストの城咲仁さんが出てたときの事。
地元のおじいさんにちょっと面倒そうなことを頼まれた彼は、
「はい、喜んで」って、さわやかな笑顔で答えた。
ムムム、なるほど。人たらし。
単なる女たらしではカリスマホストにはなれなかっただろう。

喜んで~!!

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2010年5月31日 (月)

コーチングって

こんにちは。岩元佳子です。

ICF国際コーチ連盟の定義によると
コーチングとは、
クライアントの生活と仕事における可能性を最大限に発揮することを目指し、
創造的で刺激的なプロセスを通じ、クライアントに行動を起こさせる
クライアントとの提携関係を指します。

簡単に言えば、目標達成のためのパートナーシップです。

日本コーチ協会・コーチ21・CTIなどの組織・教育機関も
このICFが定める倫理規定を尊重しています。

1年近く前、営業先で『コーチングはもういい』と言われたことが。

ここでは、コーチングと称した自己啓発セミナーが幅を利かせているみたいです。
自分探しをしていた知人が、自己啓発セミナーを渡り歩き、
コーチングと出会って、マルチまがいの仕事を始め、
勧誘に来て困ってるとかって話も聴きました。
そんな人も居るのかもしれない。

本当のコーチングってそうじゃないんだよって思ってたら、
分りやすいアニメーションを見つけました。

"How Coaching Works"
http://www.youtube.com/watch?v=UY75MQte4RU

話すことで、気づきや発見ができ、考えの整理ができます。
話したことは、記憶の定着率が上がります。
言葉にしたことは、宣言効果があります。
そして、話すことはリラックスできます。

話を聴くほうは、話しやすい雰囲気をつくります。
もっとよく聞くために質問をします。
質問にはオープンクエスチョンやクローズドクエスチョン
チャンクアップ・チャンクダウン スライドアウト
フレームワークなどの技術があります。

そして感じたことを伝えます。
提案や要望と、フィードバック。
『褒める』ことについての技術もあります。

人間1人ひとり違いますから、
その人に合ったスタイルで、テーラーメイドで対応します。
このようにして、いい関係を築いていきます。

これらがコーチの持つコーチングスキル。
それからコーチ自身の在り方と行動。
これらを総合したものがコーチング。

現在設立準備中の日本コーチ協会広島チャプターは、
コーチングを学び、高め合い、社会貢献していく場となることを目標に
着々と進んでます。

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2010年4月30日 (金)

私的悲嘆のプロセス

今月初め、兄が亡くなりました。
4月は兄を想う時間が長く、そろそろ気持ちを切り替えねば。

進行性鼻壊疽で「あと1ヵ月」と言われてから7ヶ月。
死ぬことは意識しつつも、まだ死ぬとは思ってませんでした。

「這い蹲ってでも生きていて」と兄に言った私ですが、
実際に這い蹲るようにして生きている兄はあまりに悲惨で、
私はその言葉の重みを知り苦悩しました。

「余命1ヶ月」と言われた時は、本当にこのまま死んでしまうと思うようなひどい容態。
兄も気力なく「水が欲しい」「飲むゼリーが欲しい」と言うだけ。
ところが、兄の慕っていた方が見舞いに訪れて励ますと、
「寝てても書けるボールペンが欲しい」と言いました。
生きるために必要なことから、
生きて何かをするために必要なものへと欲求が急変したのです。
生きる気力が湧いてきたように見えました。

壊疽は進んでいきましたが、
正月には、大学時代の同窓会に参加したいと頑張って、体力を回復しました。
実現できなかったものの、同窓会に行く前にみなさんで見舞ってくれ、
そのことも生きる励みになっていました。

そして、母の執念ともいうべき献身が、独身の兄を支えていたことでしょう。

人は人とつながって生きている、喜びによって生きている、そう思いました。

病状は良くなり、3月の末には主治医から「よく頑張りましたね」と、
回復を喜んでもらい、
重症患者の治療室から一般病棟に移って2日目、
容態が急変し、ほんの一時間で帰らぬ人に。

生前兄は「ぼうっとしてると、エントロピーが増大して自分が拡散する幻覚におそわれる」と言ってました。
兄を生かしていたそれぞれの人の想う力が、回復にホッとして散逸した間隙に、
兄の魂のエントロピーは増大して拡散してしまった、そんな気がします。

辞世の句
われ病めど 四月の声に 胸はずむ

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2010年3月30日 (火)

子ども手当てよりも

親に「死ね」「殺すぞ」と言われて育っている子。
親に暴力を受けている子。
親の虐待で第4の発達障害を抱える子。
一日一食給食だけの子。

愛される事を知らずに育つことは恐ろしさがある。
愛されたことがないと愛する気持ちが育たない。
幼子は愛される事を求めて求めて求める。
求めても満たされず、
親から「死ね」「殺す」と言われ、罵倒され、殴られ育ったなら、
正当な理由もなく人を蹴飛ばして愉快そうにしているような
無慈悲な子になっていく。

愛情を知っているヤンキーと
愛されたことないヤンキーは根本的に違う。

それでも彼らは親から愛される事を求めてる。

一方でその親たちも高い確率で、同じような育ち方をしている。
そいいう育て方しか知らないからこうなった。

この連鎖をどうしたら断ち切れるのか。

誰かから愛されることと、愛されていることに気づくこと、
そして誰かを愛すること。
ままならない中にいても、少しの勇気を出せば
自分の行動は選べるということを知ること。

親が学校なんか行かなくていいと言って、朝、寝てても、
自分の意思で行くことができるんだよ。
ひどい親の元に産まれた不幸を嘆くなら、
自立して家を出ることもできるんだよ。
自分が本気で望みさえすれば、
どうやってでも勉強をすることができるんだよ。

家庭が家庭としての機能が無いなら、
幼い彼らを負の連鎖から救えるのは地域と小中学校しかない。

社会の中のごく一部の話に見るかもしれないけれど、
自分に全く関係の無い世界の話ではない。
放置しておくと、
ジワジワと教育の現場に混乱を招き、学校教育の質を下げ、
大げさに言えば国民の質を下げる。

子ども手当てを支給したところで、こんな家庭では親のパチンコ代になるのがオチ。
私も、子ども手当てをいただいたら、子どものためにと思いつつも、
現実には日々の生活費に使ってしまうだろう。
それならば、その財源を小中学校の教員の増員や育成にまわしてほしいて思う。
その方が確実に子どもたちのためになる。

子どもを愛する力のある先生、
人生は自分で拓くことができると教えてくれる先生は素晴らしい。

いろいろ批判の対象になることが多いけれど、
子どもが好きでなければ教師はできないと思う。

少なくとも私がコーチングで関わってきた先生方は、全員、人間として素敵な方ばかり。
「教師も人間だから、疲弊してしまうと愛情を注ぐ余裕は無くなってしまうんです。」
ポロリとでた言葉がとても切実だった。

春から晴れて学校の先生となる若者達も含めて、
全ての先生方が持てる力を発揮して、よりよい教育のできる仕組みが整う事を願います。

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2010年3月19日 (金)

感動のワールドカフェ ~拓かれる道

こんにちは、ブライトアシストの岩元佳子です。
先月の「気づきと築きのワールドカフェ」の模様です。

ワールドカフェの基本形は、
3ラウンドを通して1つの問いについて対話を重ねていくのですが、
今回はバリエーションパターンで、ラウンドごとに問いを変えました。

私の子育てのワークショップは、
過去から現在そして未来に向かって地下水脈のように流れている、
自分が大切にしているものの探求をすることで、
より良く自分らしい子育てのスタイルを気づいて築くことを目的にしています。

今回のワールドカフェは、そのワークショップの進化形。
お子さんが生まれたときの思い、
今のお子さんに対しての思い、
お子さんの将来に対する思い
3つの「大切な問い」のフレームに練り上げて、
みなさんの思いを語っていただきました。

各テーブルの上には模造紙。
模造紙に問いのカップソーサーを置き、
自由に印象に残った言葉や、いたずら書きをしながら
問いに集中して対話を進めます。

各テーブルにはテーブルをファシリテーとするテーブルホスト、
今回は「看板娘」さんと名づけました。
看板娘さんたちが素敵なお母さまばかりで、
どのテーブルもとても活気のある話合いでした。

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3つの問いを重ねていくうちに、
会場も模造紙も、愛の言葉で満たされてきて、
私も胸が熱くなりました。

大好き
愛してる
笑顔
感謝
宝物
ありがとう
喜び
楽しみ
あなたに逢えてよかった
幸せ
出会い

お子さんはもちろんのこと、ご自分の両親、夫や妻への愛。
ここで初めて話した方々への一期一会の気持ち。
子どもにが私を母親にしてくれたという思い、
だからこそ自分もよりよく在ろうとする愛のシナジー。

ワールドカフェで対話を重ねていくうちに、
それぞれの愛情の形と、普遍的な家族の愛情が、
目に見えるものとして浮かびあがってきました。

私達、親は、みんな頑張ってる。
私達がhappyでないと子どもはhappyになれない。
私達、こんなにhappyだって思えることがhappyへの近道。

子育てワールドカフェは、ブライトアシストまで。

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2010年3月 2日 (火)

感動のワールドカフェ ~企画編

こんにちは、岩元佳子です。
ワールドカフェを開催しました。

対話で見つける自分の子育て
「気づきと築きのワールドカフェ」

ワールドカフェは、会場をカフェにたとえ、、
コーヒーを飲みながらリラックスした空間の中で、
少人数のテーブルに分れ、
テーマに集中して話し合うスタイルのワークショップ。
組み合わせを変えながら、少人数での対話を積み上げていくのです。

素敵なことに、今回のワールドカフェは、
地元の名水の本物のコーヒーでのもてなしが実現しました。
ワールドカフェを開催してくださった、広島市ひと・まちネットワークのTさんが
奇しくも「まちづくりCAFEプロジェクト(まちカフェ)」という
一杯のコーヒーのもてなしを通して、町の人々や訪れる人々の、
心と時間と空間をつなぐ場づくりの市民活動を運営されていたのです。

なんと見事なマッチング。

企画の段階からトントントンと話が進みました。
対象が小中学生の保護者で、テーマは「親子」「子育て」。
Tさん「グループ単位でのワークショップをやったらいいんじゃないかと思うのですが」
わたし「それなら、『ワールドカフェ』というスタイルはいかがでしょう?
     …カクカクシカジカ…で、とってもいいんです」
Tさん「それいいですね。カフェならお任せ下さい」
という具合に。

さらにTさんの肝煎りで、ひろしままちづくりファシリテーターズから
お2人のファシリテーターに協力いただきました。

プログラムはカフェのメニュー風に、
カフェ・エチケットは各テーブルに可愛く三角柱にして、
問いはカップソーサーを模った紙に書いて…etc.
いろいろな楽しいアイディアを盛り込みました。

準備万端整えて、いよいよ当日。感動的でした。
詳しくは次回。

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2010年2月23日 (火)

高速道路  ~ルールと信頼

こんにちは、岩元佳子です。

高速道路を、文字通り高速で走る車。
私の動体視力ではその景色の流れについていけない。
追い越し車線に入り、走行車線の車を追い越す時、
この車が変な動きをしたらどうしようって一瞬不安になる。
逆に追い越される時、
この車、私が変な動きをしてしまったらどうするんだろうって思う。

私は自分の運転に自信がないからそんな事を考える。
高速道路は、自分を信じられない人、自信のない人、
人を信じられない人にはストレスフルだと思う。

高速道路をスマートに走る人はすごい。
みんながルールを守るという前提と信頼があるから
そこそこの数の車が走ってても、
あれだけの高速走行ができるんだよね。

山陽自動車道で逆走する車とすれ違ったことがある。
東名で12トンの保冷車に追突されたこともある。
「どこ見てるんだ」と怒る夫に、ドライバーは「右見てました」と答えた。
こんな人たちも現実に居るから、安心はできない。

車の性能も安心のための要素。
エンジンに余力があると、普段は7~8割の力で走って、
危険ゾーンがくると速く駆け抜けることができる。

首都高を走るときは、一触即発の緊張感のもと、
ややこしい道を、右か左かの判断を瞬時にしなくてはならない。
右だと分っていても、タイミングを逃すと流れに乗れない。
そして、後戻りはできない。

高速道路を軽四でまっしぐらに追い越し車線を走り続けるのも
まるで何かに駆り立てられて無理をしているようで、見ていて苦しい。
生き馬の目を抜かれるのを怖れているよう。

高速道路って日本社会の縮図のようだって思う。
社会でも学校でも
高速道路にのると高速走行を求められる。

心地よく高速走行するためには…

ルールを守ること。
人を信頼すること。
自分を信じること。
変な動きをする他者を避けること。
性能と技術を高めること。
判断のための予測をしておくこと。
好きな音楽を聴いたり、楽しい会話をすること。
休息をとること。

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2010年1月21日 (木)

勇気と自信

こんにちは。ブライトアシストの岩元佳子です。

勇気とは、
「普通の人が不安、恐れを懐いたり、
 躊躇・恥ずかしさを感じたりする所を屈しないで、
 自分が正しいと思ったとおりやってのけようという
 積極的な気力。(新明解国語辞典)」

自信とは
「そのことを間違いなくうまくやることができるという自己評価」

自分には勇気が無い、勇気があれば…と思うことがあります。
とくに苦手な営業をするとき。
勇気が出ないのは、自信がないから。
自信が無いのは…。

息子が小学1年生の頃、
子どもを叱ってばかりいる私の胸に突き刺さる言葉がありました。

その日も、何がしたいんだかはっきりしない息子に、
イラっときて「どっちなの?ちゃんと答えて。」と詰め寄ってました。

すると、
「ボクは叱られてばかりだから、『自信』が無い」と息子。

『自信』なんてボキャこの子にあったかしらと思って、
「『自信』ってどういう意味なの?」って訊いたら、

「自分を信じる勇気がないんだ」

その言葉を聞いて涙が出ました。
7歳の子にこんなことを言わせるぐらい、
私は子どもを叱ってました。

「自信を持て」「勇気を出せ」なんて
口で教えてできるようになることではないですよね。
自己肯定感から生まれてくるものです。
子どもの「自信」と「勇気」は親が育てるものですね。

私は彼を信じる勇気を持ち、
「心配」するのではなく「信頼」すると心に決め、
あれから8年。
中学三年になった息子はどうなんだろう。
try&errorを繰り返し、過信と不安を経験し
着実に大人になってきてるなぁ。

しかし、名言!
「自信とは自分を信じる勇気」

哲学的には勇気とは、
「恐るべきものと恐るべからざるものとを識別することなり」
恐れなくてよいことを「恐れなくていい」と決めることができることが勇気。

私の「自信」と「勇気」はどうしたら湧いてくるでしょう。

恐れないで勇気を持って自分を信じよう。
そしたら、もっと大きな勇気がわいてくる。

try!try!try!

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2009年12月22日 (火)

I'm a Coach, Now What?

ICF国際コーチ連盟のオーランドでの大会に参加していらっしゃった、
日本の名立たるコーチたちのお話を聴きました。

世界のコーチについて、まるで盲目の私には、
日本人コーチたちの伝えてくれる感想が、
最初はチンプンカンプン。

象を知らない私に、象を教えるようなもの。
「象の耳は巨大なうちわのよう」
「象の足は太い柱のよう」
「象の鼻はこん棒のよう」
で、象ってどんなの???

「英語での会話が不自由でも、体で感じる、雰囲気で分る、伝わるものがあった」
そう語る皆さんの声の華やぎに、ますます「???」
外国の方と話すときに、そういうことは、間々あることだと思うけれど、
なにかそれとは違うものがあったよう…。

2時間耳を澄ませて皆さんのお話を聞くうちに、
だんだん象の輪郭が見えてきました。

世界クラスのコーチたちの、
目の前の人の存在を認め、受容し、尊重するという
言葉を越えた在り方を感じた
ということなのかなぁと理解しました。
「本物」って思わせる在り方。

実際に自分で感じてみたい。
そして、自分もそう在りたい。

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2009年12月10日 (木)

行けばわかる

                 「道」
                         清沢(暁烏) 哲夫『無常断章』より

此の道を行けば どうなるのかと
危ぶむなかれ 危ぶめば 道はなし

ふみ出せば その一足が 道となる 
その一足が 道である
わからなくても 歩いて行け 行けば わかるよ

アントニオ猪木氏の座右の銘として有名で、
一休宗純の言葉として紹介されているのは、

この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば 道はなし    

ふみ出せば その一足が 道となり
その一足が 道となる
迷わず行けよ 行けば わかるさ

この二つの詩、読み比べてみると、言葉が少し違いますね。

前者は、道に立って逡巡している人の傍らに立ち語りかけているようで、
それでいて『道である』という断定が勇気付けてくれ、
迷いながらでも進めと言う。

後者は、自分が今まさに道に立っていて、
自分を奮い立たせているようで、
迷いを振り切って進めと言う。

多分、そのときの自分の状態によって、
どちらが心に響くのかちがってくるんだと思います。
今の私に響くのは、前者、行けばわかるよの方。

頭の中を「♪イ・ノ・キ ポンバイエ! イ・ノ・キ ポンバイエ!」が流れるぐらい、
闘魂で燃えてるときは、行けばわかるさの方でしょうね。

ちなみに、国会図書館のサイトによると、
これが一休さんの言葉というのは不確かな説のようです。
http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000028008

前へ進むことに躊躇しているあなたと、私自身に
もう一度。

此の道を行けば どうなるのかと
危ぶむなかれ 危ぶめば 道はなし

ふみ出せば その一足が 道となる 
その一足が 道である
わからなくても 歩いて行け 行けば わかるよ


はじめの一歩を踏み出すコーチングは、左サイドバーBrightAssistに。

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