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2009年2月25日 (水)

おくるひと

前回に引き続き、父の死にまつわる話。

75歳にして現役美容師の母は、
ツワモノのクセモノで、
もっと言えばクワセモノ。

美容院を経営しながら、
父を自宅で最期まで看取りました。

臨終の床にある父の枕元で、
何をゴソゴソしているのかと思えば、
コンビニの袋から白いハンカチを出して
父の顔の上に広げている。

「何してるの?」と私
「大きさはどうかなと思って」とクセモノの母。

まだ生きてる父に何をする。
しかも、何故コンビニで買ったハンカチを
亡骸の顔を覆う白布にしようとする?

孫たちをベッドサイドに呼び、
布団をめくり、何をするかと思うと、
「これが腹水。すごいやろ。
それから、足の先見て。
色が変わってきてるやろ。
人間、死ぬ時は、こうなるんや。」

すごい生命教育です。

ご近所の方々にも
「とうとうお迎えが来た」と言ったらしく、
それを聞いたご近所のおばちゃんが来て、
生きている父の枕元で、
「こんなことになってしまって」と号泣。

あれ? もしかして勘違いしてるかも…

ひとしきり泣いた後で、
「それで、いつ逝ったの?」とおばちゃん。
「いや、まだ、生きてます」と私。

「あらら、ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ。」と
涙顔で赤面しながら大慌てで平謝り。
かわいそうに、クワセモノの母の犠牲者となりました。

母は、翌々日の予約の入っている
美容院のお客様に断りの電話をしました。

「お蔭様で、そろそろ、うちの人の
葬式が出せるようになりました。
多分、今日明日には逝くと思うので、
友引を避けると葬儀は日曜日になります。
月曜日は定休日なので、火曜日以降の予約なら大丈夫です。」

この母はナニモノ?
姉と私が、「お母ちゃん、やめて」といってもキョトン。
母に悪気は無い。また、決して認知症ではありません。

父は、その夜、自宅で静かに息を引き取りました。
私はずっと父の手首の脈をとり、最期の時が来た事を悟りました。

主治医の先生に来てもらおうとしたら、
ツワモノの母

「さっき往診に来てもらったばっかりやし、
真夜中だから、朝が来てからでええわ。」

「チョット待って。それはあかんやろ。
『保護責任者遺棄致死』やん。」

先生の死亡診断が終わると、母は、おもむろに、
さっきのファミマの白いハンカチを出してきて、
父の顔に掛けようと…。
「お母ちゃん!」
姉と二人、ドスを効かせた声を揃えて一蹴。

荼毘に付したのち、
父の遺志で遺骨の一部を海に散骨しました。

散骨のためには、遺骨を粉にして紙に包みます。
粉にするために、すり鉢とすりこ木を買って帰った私に、
「家にもあったのに」という母。
まさかの発言。
使用後の新しいすり鉢も「処分しておく」と
母は言ってたけれど怪しい。
「カルシウム入り」とか笑えない冗談を言ってたもの。
料理に使っていそうな気がします。

父を愛する娘にとっては、無神経な言動の数々ですが、
母にしてみれば、
先々にいろいろな段取りを合理的にしているだけ。
できることなら死神と打ち合わせをしたいと
思ってたんじゃないかなと思います。

母からは、伴侶を失った悲しみよりも、
美容師の仕事をしながら、
長く患った父を最期まで、
父の望むように自宅で看取ったという
達成感のようなものを感じました。

父が逝ってしまうという深い悲しみの時にさえ、
母の珍妙な言動に、つい笑ってしまい、苦笑失笑。

10年前の私なら、母に腹を立ててしまって、
笑えなかったと思います。
人は悲しみの中でも、
分かち合える人がいたなら、
共に泣きながら、
共に笑えたりするものなのかと
驚きました。

人間は逞しいです。

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