« 子ども手当てよりも | トップページ | コーチングって »

2010年4月30日 (金)

私的悲嘆のプロセス

今月初め、兄が亡くなりました。
4月は兄を想う時間が長く、そろそろ気持ちを切り替えねば。

進行性鼻壊疽で「あと1ヵ月」と言われてから7ヶ月。
死ぬことは意識しつつも、まだ死ぬとは思ってませんでした。

「這い蹲ってでも生きていて」と兄に言った私ですが、
実際に這い蹲るようにして生きている兄はあまりに悲惨で、
私はその言葉の重みを知り苦悩しました。

「余命1ヶ月」と言われた時は、本当にこのまま死んでしまうと思うようなひどい容態。
兄も気力なく「水が欲しい」「飲むゼリーが欲しい」と言うだけ。
ところが、兄の慕っていた方が見舞いに訪れて励ますと、
「寝てても書けるボールペンが欲しい」と言いました。
生きるために必要なことから、
生きて何かをするために必要なものへと欲求が急変したのです。
生きる気力が湧いてきたように見えました。

壊疽は進んでいきましたが、
正月には、大学時代の同窓会に参加したいと頑張って、体力を回復しました。
実現できなかったものの、同窓会に行く前にみなさんで見舞ってくれ、
そのことも生きる励みになっていました。

そして、母の執念ともいうべき献身が、独身の兄を支えていたことでしょう。

人は人とつながって生きている、喜びによって生きている、そう思いました。

病状は良くなり、3月の末には主治医から「よく頑張りましたね」と、
回復を喜んでもらい、
重症患者の治療室から一般病棟に移って2日目、
容態が急変し、ほんの一時間で帰らぬ人に。

生前兄は「ぼうっとしてると、エントロピーが増大して自分が拡散する幻覚におそわれる」と言ってました。
兄を生かしていたそれぞれの人の想う力が、回復にホッとして散逸した間隙に、
兄の魂のエントロピーは増大して拡散してしまった、そんな気がします。

辞世の句
われ病めど 四月の声に 胸はずむ

|

« 子ども手当てよりも | トップページ | コーチングって »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 私的悲嘆のプロセス:

« 子ども手当てよりも | トップページ | コーチングって »