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2013年2月19日 (火)

やさしい虐待

「やさしい虐待」(長谷川博一氏)というのがあるそうです。

子どもにとってプラスに思える教育や躾(しつけ)に見えても、
ずっと押しつけ続けていると、子どもをがんじがらめにして身動きがとれなくなり、
いわゆる虐待と同じ様に心を蝕んでいくんだって。
それが「やさしい虐待」。

「やさしい虐待」は実母によるものが一番多く、そして深刻。

あらら、私もやっちゃったかも。

子を思う優しい心からの躾がエスカレートしたものだから「やさしい虐待」。
この子のために、ちゃんと躾なきゃという、本来はやさしい気持ちがベースにある。

「虐待」って殴ったり蹴ったり、暴言など、
直接子どもを傷つけるものだと思ってた。

将来に後遺症を残す危険性のある環境や、
支配-被支配の関係が強い環境にさらすことが虐待だから、
目に見えるものも、見えないものもある。

その「やさしい虐待」を受けて苦しんでいる人の中には、
社会性・コミュニケーション・予測想像などが苦手という
先天的な特徴を持った人(自閉症スペクトラム)が多くみられるそうです。

常識ある親としては、我が子のすることが周りとズレてたら
「わがまま言わないの!」「『ごめんなさい』って言いなさい」
「お友達におもちゃを貸してあげなさい」とか、
「1人で勝手なことしちゃだめ」とか、それは言うよね。
禁止・命令のシャワーになっちゃう。

人一倍躾に厳しくなって、それでも聞かないので
だんだんどんどんもっともっと厳しくなって
気づかないうちにその子にとって躾の枠を超えていくそうです。
母も苦しいんだ、辛いんだ。

厳しすぎる躾は、親の想いとは裏腹に、
子どもの問題行動に改善はもたらさない。
むしろこじれる。

親の意図しないところで、存在を否定するようなメッセージが
子どもに伝わっていくんだろうなぁ…。

見える虐待でも、見えない虐待でも
心に深い傷を受け、心を蝕まれた子どもは、
ある日突然タガが外れる。
他者に攻撃的になるか、自分を傷つける(自傷・自殺)か。
どっちにしても破滅へと向かうような自己否定。

なんて悲しいことだろう。
せっかく生んだ大切な魂の尊厳を、
親自身がそうと気づかずに踏みにじってるなんて。
厳しい躾はだれもHappyにならない。

どうしたらいいんだろう。

虐待を受けた子どもを守ることとと同時に、
加害者である親を守ることも大切なこと。
親に対するフォローが必要だと思う。
子どもを愛したいはずだもの。

私も、愛する息子に対して「やさしい虐待」をしていたかも。
私には、人に迷惑を掛けてはいけないという強い縛りがあったから。

コーチングに出会えてよかったと思う。
いいところに目を向けることや、ポジティブな言葉がけ、
大切に思っているということが伝わるように伝えること、
自分にも子どもにも他人にも肯定感をもてたこと、
人生を信じる力がついたこと‥など

傷ついた子どもに対してできることは、まず聴くこと。
聴いてくれる人がいるだけで、将来が変わる。
じっくり考えながら人に言葉で伝えるという経験を重ねていくことが
歪んでしまった脳機能の回復になるそうです。

じっくり考えながら言葉で伝える、これもまたコーチングの手法。

虐待の連鎖を防ぐには、
子どものころに理解者が居たかどうかと、
事実を正しく認識していたかどうかが大きいそうです。
自分が悪い子だから叩かれたのではないんだと分かること。

今の人口比は子ども1人に対して大人6人
私たちが子どもだった1970年代は子ども1:大人3
周りの大人の目が多くて、子どもにとっても、子育て中の親にとっても、
昔よりずっと窮屈なんだよね。
期待・支配・管理でギュウギュウなのかも。

周りの大人ができること
heart子育てしているお母さんを追い詰めない
heart孤立させない
適度に声を掛けるけど、モラルを押し付けないことかな。

 
 
  
大人の期待通りに子どもを変えられはしない。

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