コーチング

2013年9月 2日 (月)

the last straw

夏休みが終わりましたね。
学校が始まると親としてはちょっとホッとします。
教室では小麦色の笑顔が集まっていることでしょう。
一方で、夏休みの終わりに自殺してしまった小学生もいます。

今月はヘビーな話題です。

「the last straw」という言葉をご存知ですか?
直訳すると「最後の1本の藁」。これには比喩的な意味があります。

ラクダの背にどんどん荷物を載せていっても、ラクダは耐えます。
そして、さらに荷物を増やしていく。
でも、いよいよ耐えられる限界まで来ると、
最後にたった1本の藁を載せただけでも、ラクダの背骨は折れてしまう。

この「the last straw」とは、
最後のわずかな忍耐の限界を超えさせるものという意味があるのです。
彼女たちの最後の一本の藁は、夏休みの終わりだったのでしょうか。

自ら死ぬに至るまでには長い長い道程があるはず。
そこには、環境、家族、心、性格等々、いろいろな要因が絡み合っています。
こんな状態が長期間にわたって固定化していくと、
1本の藁のようなでき事が、自殺の引き金になってしまいます。

最近では子どもの自殺が起きると、「いじめ → 自殺」と説明される傾向が強いです。
もちろん、陰湿ないじめがあって、それが原因となっている自殺もあります。

でも、私たち親は、何があったとしても絶対に子どもを死なせたくない。

あい塾~子どもの心を育むコーチング~は、
子どもたちがしっかりと自分の人生を生きていくために、
親のできることを考えます。

◇日時:平成25年9月10日(火)10:30~12:30

◇場所: 和菓子みよしの 3階 広島市中区八丁堀8-3
http://www.h6.dion.ne.jp/~miyosino/map.html

◇参加費: 1200円

◇お申込: 
https://ssl.form-mailer.jp/fms/3fec53db133390


※あい塾茶話会は
広島県こども夢財団イクちゃんネット登録の非営利イベントです。

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2013年7月 5日 (金)

リアル中学生日記(10日間)

水曜日、中学の部活でテニスをしている息子のラケットが壊れた。
もともとフレームにヒビは入っていたのだけれど、
そことは別の場所が直角に凹んでいた。
強い力で何かの角にでもぶつけたのだろう。

Img00174


息子の説明では…

別のラケットで練習をしていて、ふとベンチを見ると、
そこに置いていたはずの予備のラケットが無くなっていた。
ベンチには空っぽのラケットケースがあるだけ。

ラケットケースを手に取ったとき、テニスコートのフェンスの向こう側のグランドに、
無残に壊れた自分のラケットが転がっているのが目に飛び込んできた。

いったい誰がやったのか、テニス部の仲間も誰も見てない。
顧問の先生が個別に情報収集しても何も出てこない。

外部からの侵入者というのも考えにくい。
休憩時間にみんなで水を飲みに行ってた時に折られたのだろう。

帰宅して、「ひどいよねぇ」と、ちょっと元気のない息子。

彼の分析によると、
「ボクは誰からもそんなことをされる覚えはないから、
ボクへの嫌がらせではないと思う。
たぶん『壊す』ってことそのものが目的だと思うから、
必ず誰かが見てるところで壊してるはず。」

なるほど、せっかくやるんだから、
見てる人が居ないとやりがいがないものね。

そんな話をしていると、家の電話が鳴った。
テニス部のお友達Aくんからだった。
「実は、オマエが帰った後、Bがみんなに『Cがやった』って言ってた」

やっぱり目撃者がいた。

BくんもCくんもテニス部で、その日、Cくんは塾で練習を早退していた。

つづけて目撃者Bくんは
『でもオレはCのことを先生に売ったりしないよ』
と言ってたそうだ。

電話をくれたAくんも
「オレが言ったっていうのは内緒にしておいて」

なんとも、中学生男子らしい義侠心。
Aくんも息子に言うべきかどうか葛藤したにちがいない。

その報告を受けた母は、
「どうする?このこと、先生に言っていい?」と息子に聞いてみた。
「ボクが直接聞いてみる。一日だけ待って。」
Cくんは息子のテニスのペア。
関係を壊したくないっていうのが最優先なんだ。

その夜、テニス部顧問の先生と、学年主任の先生が、
壊れたラケットを持って状況説明に来て下さった。
先生方は何も糸口が見つかってなかった。

「早退したCくんと、先ほど連絡が取れたのですが、
彼も知らないそうです。これで全員に聞いたのですが…。」

息子と目が合ったが、黙ってる。
これからの対応策について、先生と話しはじめたときに、
「先生、実は… さっき、テニス部のヤツから、
『CがやったってBが言ってた』って電話があった。
ボクが明日、Cに直接聞こうと思って黙ってたんだけど、
今、先生から、Cが『知らない』って言ったって聞いて…。」

「よく、言ってくれた。
それが本当かどうかも確かめてみないといけない。
もしも、それが間違った情報だったら、
オマエがCくんに聞くと気まずいことになるだろ?
誰が電話をくれたのか教えてくれないか?」

「それは言えない」

う~ん、中学生男子!!

もともと信頼している先生だったから、
息子はしばらく粘ったものの説得に応じた。

この件について、どんな対応を望むかを聞かれ、
「弁償は望まない。学校にも家庭にも、
壊した子を懲らしめてほしいのではなくて、教育して欲しい、
成長につながるように指導してほしい」と伝えた。

翌朝、息子の嘆きは違うところに向いていた。
「先生にチクらないのはわかるけど、
どうして、A以外のみんなはBが言ってたことを
ボクに教えてくれないんだろう。」

「みんな、いろいろ考えてると思うよ。誰のことも悪く思わないで。」
と送りしだした。

Cくんは、壊したことを知らないふりをしたことによって、
テニス部のみんなを巻き込むことになってしまったんだ。

2日目木曜日、事態は動かず。
Cくんは部活を休み、
先生の調査に対して、電話をくれたAくんも、
Cくんを庇う気持ちもあるので、あいまいに答え、
他の部員からもCくんかもしれないという報告も上がらず。

先生は
「今、Cくん本人に、やったんしゃないのかと訊くよりも、
子どもたちの方から声が上がるのを待ちたい。」と。

ただ、テニス部の仲間は、その日、息子には、
Bくんが目撃したことを教えてくれ、
息子の朝のもやもやはスッキリ。


3日目金曜日、動き始めた。
部長Dくんが先生に
「Cくんかもしれない。ボクたちで話し合いたい。」と。
おお、さすが部長Dくん。その日、肝心の目撃者Bくんは休み。

先生は
「子どもから自主的に声が上がって嬉しい。
彼らにひとまず任せたい」とのこと。

「先生にお任せします」と私。

4日目、5日目は土日とも雨で部活は中止。

6日目月曜日
部長Dくんと、目撃者Bくんが先生のところに行き、

「Cくんが壊しました。ボクたちが話して、謝らせる。
きっとCも反省してるから、先生はCくんを責めないでほしい。」

普段はやんちゃなBくんが、友達をかばう態度に先生も感激したそう。

7日目火曜日 動かず。

あんまり時間をかけすぎると、
罪悪感も、正義感も、なにもかもが薄れていくよなぁ。
期限をつけて対応してほしいと要望しようと思う。

8日目水曜日 一気に動く

下校途中に、Cくんが部長Dくんたちに付き添われて、
息子のところにやってきた。

「あれ、オレがやった。本当にごめん。」

この一言で、みんなの気持ちが救われた。

部長Dくんたちは、学校に戻り先生に報告し、
「Cは反省してるから、家庭連絡はしないでほしい」と嘆願。

美しい友情だね。

9日目木曜日
昨日、生徒から報告を受けた先生、この日、Cくんの特別指導。

「どうした?なにかイライラすることでもあるのか?」と
寄り添いつつ、素直な心を引き出していった。

「夜、家に電話するから、それまでに、
ちゃんと自分でお父さん、お母さんに言え」

その夜、Cくんのご両親から電話をいただいた。
一つ一つの言葉がとても誠実でいらっしゃって、
その分、お辛いだろうなぁ、苦しいだろうなぁ。

息子も「ボクはもういいと思ってるから、Cを叱らないでください。」って。

息子は、数日前Cくんとラケットのことを話したことを後悔していた。
Cくんに、しらばくれられたからではない。
「ボクが聞いたから、Cに嘘をつかせてしまった」と。

10日目金曜日
Cくん本人とご両親にお会いした。
丁寧に謝罪いただき、こちらの言いたいことはお伝えし、
それでシャンシャン。

なんで、壊したのか理由はわからない。
たぶん、本人にもはっきりとは分からないんだろう。
たまたまそこにラケットがあったから、他の子がコンコンぶつけて遊んでいた。
自分も手にとってコンコンコンコン…。
その時ふと「ワイルドで破天荒なオレ」を演じたくなったのかもしれない。

Cくんにとってはただのひびの入ったラケットかもしれない。
私にとっては、最初に買ってあげたラケット。
受験生の兄のストレス解消に付き合って、
夜の公園で兄弟ラリーをしてた想い出もある。
骨の折れたビニール傘を壊すのとは違うんだよ。
それはわかってほしいと思った。

想い出は私の心の中にある。
ラケットはもういい。

このラケットの一件、子どもたちのチカラで一番いい解決ができたと思う。
子どもたちはいろいろ考えて、より良い行動をした。
先生も勉強になったとおっしゃっていた。
そして、私たち親も、どうすればいいのかを考えさせられた。

私が望んだ「成長につながる指導」は、
図らずも大人たちの成長ももたらした。

こうなると、壊れたラケットがハート型に見えてくる。

その次の週末、テニスの区大会団体戦。
息子とCくんのペアも勝ち進み、なんと、団体優勝!!

できすぎだぜ。素敵すぎる。リアル中学生日記だ。

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2011年1月28日 (金)

もしも世界がクライアントだったら ~It's time to move on.~

日本コーチ協会広島チャプターで
CTIジャパンCEOの榎本英剛氏を招いての講演会を開催しました。

榎本氏によるとコーチングとは
「誰かをエンパワーすることで、望ましい変化を創り出すこと」

エンパワーの反対は無力感。
エンパワーメント(Empowerment)とは
ウィキによると「個人や集団が自らの生活への統御感を獲得し、
組織的、社会的、構造に外郭的な影響を与えるようになることである」。
権力・権限・特性・能力を授けて、自律的に行動できるように支援すること、
そしてその輪が広がることかな。

もしも世界がクライアントだったら…
地球全体を宇宙から見てるような感覚で、
大地や海、地球上の生きとし生けるものとその営みを感じたなら???
これは神の目線に近づくことなのかも知れないって思う。

その感覚を保持しつつ、
目の前に居るクライアントさんを見つめると、
クライアントさんの向こう側に居る人を感じる。
その人の向こうにもそのまた向こうにもつながっている。
一人の人の心の中のことと世界って実はつながっている。

ミクロのコーチングがマクロのコーチングにつながっている。

実際、榎本さんが私の目の前に居る時、
榎本さんは私という存在を懐に擁きつつ、
同時に私に繋がる世界の全てを包み込んだ感触がした。
そこに居る一人一人みんなに対してそうだった。
机の上の話ではなく、実際に榎本さんはそうだった。

「どうやったらそんなに人を覚えられるんですか?」
「覚えようとするんです」と榎本氏
単純明快。
自然に覚えるのではなくて、意識として顕在化させて覚える。

そもさん「内なる声を聴くには?」
せっぱ「普段から自分との対話に感覚を研ぎ澄ましておく」
‘calling’が降臨するらしい。

「内なる声」は得てして今の自分には都合が悪く感じるもので、
そんなこと言ったって…って、合理的ないろいろな言葉が頭を駆け巡る。
それでも「内なる声」は聴こえてくる。

私の内なる声はなんと言っているんだろう。
クライアントさんの内なる声はなんと言っているんだろう。
callingの降臨を聴き逃さないようにしよう。

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2010年7月15日 (木)

思考に気をつけなさい……、……それはいつか運命になるから

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
                  ~マザーテレサ~

顔は「脳が作った形」、顔にはその人の心が表れているという。
そして顔の筋肉は形状記憶。
いつも笑顔で居ると、普段の顔も笑顔になってくる。
いつも怒っていると、デフォルトモードでも怒り顔。

この前「表情が硬い」ってフィードバックを受けました。
自分では安心感のある顔だと思ってたので、ちょっとびっくり。
心や脳が硬いのかなぁ。

そういえば思い当たる節がある。
このブログに書いてること、結構硬い。
頭の中で考えてることもこんな感じ。

私は、精神的なガードは固い方かも。
なるべく心に波を立てず平常心でいたいと思ってる。
怒るのも、悲しむのも、落ち込むのもイヤ。
大切な人と心がつながってさえいれば、どこでも平気、独りでも平気。
それは、40数年生きて会得した心の術。
マイナス方向に傾かないようになった分、
嬉しい、楽しい、ウキウキ、ワクワク、ルンルン方向にも傾きにくいのかな。

そもそも「表情か硬い」と、どんなデメリットが?
人様が感じる印象が、とっつきにくい感じがするんだろうなぁ。
おすましの猫タイプで、誰にでも懐くわけではないし、時間もかかる。
ちぎれんばかりに尻尾を振る仔犬なら、人の方から近寄ってくるもの。

仔犬のように喜べる?

昔、上司から「笑顔の素敵な岩元さん」と言われたことがとても嬉しかった。
誰の笑顔も、笑顔って素敵。
笑顔スイッチはどこにでもある。ただ見過ごしてしまうだけ。
見過ごさないようにしよう。柔軟でいよう。

確かリッツ・カールトンだったと思うけれど、
電話を受けるオペレーターの人が、
鏡を見ながら笑顔で対応しているのをテレビで見た。
笑顔から出る声には、言葉だけでは伝わらない
リッツのホスピタリティが含まれていた。

感化されやすい私は、デスクの前に大きな鏡を置き、
クライアント氏とのセッションの時に、表情を意識した。
時々、鏡からのフィードバックに自分で驚く。
わッ、私、こんな顔してる。

マザーテレサ風に

心に気をつけなさい、それはいつか顔になるから。

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2010年5月31日 (月)

コーチングって

こんにちは。岩元佳子です。

ICF国際コーチ連盟の定義によると
コーチングとは、
クライアントの生活と仕事における可能性を最大限に発揮することを目指し、
創造的で刺激的なプロセスを通じ、クライアントに行動を起こさせる
クライアントとの提携関係を指します。

簡単に言えば、目標達成のためのパートナーシップです。

日本コーチ協会・コーチ21・CTIなどの組織・教育機関も
このICFが定める倫理規定を尊重しています。

1年近く前、営業先で『コーチングはもういい』と言われたことが。

ここでは、コーチングと称した自己啓発セミナーが幅を利かせているみたいです。
自分探しをしていた知人が、自己啓発セミナーを渡り歩き、
コーチングと出会って、マルチまがいの仕事を始め、
勧誘に来て困ってるとかって話も聴きました。
そんな人も居るのかもしれない。

本当のコーチングってそうじゃないんだよって思ってたら、
分りやすいアニメーションを見つけました。

"How Coaching Works"
http://www.youtube.com/watch?v=UY75MQte4RU

話すことで、気づきや発見ができ、考えの整理ができます。
話したことは、記憶の定着率が上がります。
言葉にしたことは、宣言効果があります。
そして、話すことはリラックスできます。

話を聴くほうは、話しやすい雰囲気をつくります。
もっとよく聞くために質問をします。
質問にはオープンクエスチョンやクローズドクエスチョン
チャンクアップ・チャンクダウン スライドアウト
フレームワークなどの技術があります。

そして感じたことを伝えます。
提案や要望と、フィードバック。
『褒める』ことについての技術もあります。

人間1人ひとり違いますから、
その人に合ったスタイルで、テーラーメイドで対応します。
このようにして、いい関係を築いていきます。

これらがコーチの持つコーチングスキル。
それからコーチ自身の在り方と行動。
これらを総合したものがコーチング。

現在設立準備中の日本コーチ協会広島チャプターは、
コーチングを学び、高め合い、社会貢献していく場となることを目標に
着々と進んでます。

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2010年3月30日 (火)

子ども手当てよりも

親に「死ね」「殺すぞ」と言われて育っている子。
親に暴力を受けている子。
親の虐待で第4の発達障害を抱える子。
一日一食給食だけの子。

愛される事を知らずに育つことは恐ろしさがある。
愛されたことがないと愛する気持ちが育たない。
幼子は愛される事を求めて求めて求める。
求めても満たされず、
親から「死ね」「殺す」と言われ、罵倒され、殴られ育ったなら、
正当な理由もなく人を蹴飛ばして愉快そうにしているような
無慈悲な子になっていく。

愛情を知っているヤンキーと
愛されたことないヤンキーは根本的に違う。

それでも彼らは親から愛される事を求めてる。

一方でその親たちも高い確率で、同じような育ち方をしている。
そいいう育て方しか知らないからこうなった。

この連鎖をどうしたら断ち切れるのか。

誰かから愛されることと、愛されていることに気づくこと、
そして誰かを愛すること。
ままならない中にいても、少しの勇気を出せば
自分の行動は選べるということを知ること。

親が学校なんか行かなくていいと言って、朝、寝てても、
自分の意思で行くことができるんだよ。
ひどい親の元に産まれた不幸を嘆くなら、
自立して家を出ることもできるんだよ。
自分が本気で望みさえすれば、
どうやってでも勉強をすることができるんだよ。

家庭が家庭としての機能が無いなら、
幼い彼らを負の連鎖から救えるのは地域と小中学校しかない。

社会の中のごく一部の話に見るかもしれないけれど、
自分に全く関係の無い世界の話ではない。
放置しておくと、
ジワジワと教育の現場に混乱を招き、学校教育の質を下げ、
大げさに言えば国民の質を下げる。

子ども手当てを支給したところで、こんな家庭では親のパチンコ代になるのがオチ。
私も、子ども手当てをいただいたら、子どものためにと思いつつも、
現実には日々の生活費に使ってしまうだろう。
それならば、その財源を小中学校の教員の増員や育成にまわしてほしいて思う。
その方が確実に子どもたちのためになる。

子どもを愛する力のある先生、
人生は自分で拓くことができると教えてくれる先生は素晴らしい。

いろいろ批判の対象になることが多いけれど、
子どもが好きでなければ教師はできないと思う。

少なくとも私がコーチングで関わってきた先生方は、全員、人間として素敵な方ばかり。
「教師も人間だから、疲弊してしまうと愛情を注ぐ余裕は無くなってしまうんです。」
ポロリとでた言葉がとても切実だった。

春から晴れて学校の先生となる若者達も含めて、
全ての先生方が持てる力を発揮して、よりよい教育のできる仕組みが整う事を願います。

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2010年3月19日 (金)

感動のワールドカフェ ~拓かれる道

こんにちは、ブライトアシストの岩元佳子です。
先月の「気づきと築きのワールドカフェ」の模様です。

ワールドカフェの基本形は、
3ラウンドを通して1つの問いについて対話を重ねていくのですが、
今回はバリエーションパターンで、ラウンドごとに問いを変えました。

私の子育てのワークショップは、
過去から現在そして未来に向かって地下水脈のように流れている、
自分が大切にしているものの探求をすることで、
より良く自分らしい子育てのスタイルを気づいて築くことを目的にしています。

今回のワールドカフェは、そのワークショップの進化形。
お子さんが生まれたときの思い、
今のお子さんに対しての思い、
お子さんの将来に対する思い
3つの「大切な問い」のフレームに練り上げて、
みなさんの思いを語っていただきました。

各テーブルの上には模造紙。
模造紙に問いのカップソーサーを置き、
自由に印象に残った言葉や、いたずら書きをしながら
問いに集中して対話を進めます。

各テーブルにはテーブルをファシリテーとするテーブルホスト、
今回は「看板娘」さんと名づけました。
看板娘さんたちが素敵なお母さまばかりで、
どのテーブルもとても活気のある話合いでした。

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3つの問いを重ねていくうちに、
会場も模造紙も、愛の言葉で満たされてきて、
私も胸が熱くなりました。

大好き
愛してる
笑顔
感謝
宝物
ありがとう
喜び
楽しみ
あなたに逢えてよかった
幸せ
出会い

お子さんはもちろんのこと、ご自分の両親、夫や妻への愛。
ここで初めて話した方々への一期一会の気持ち。
子どもにが私を母親にしてくれたという思い、
だからこそ自分もよりよく在ろうとする愛のシナジー。

ワールドカフェで対話を重ねていくうちに、
それぞれの愛情の形と、普遍的な家族の愛情が、
目に見えるものとして浮かびあがってきました。

私達、親は、みんな頑張ってる。
私達がhappyでないと子どもはhappyになれない。
私達、こんなにhappyだって思えることがhappyへの近道。

子育てワールドカフェは、ブライトアシストまで。

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2010年3月 2日 (火)

感動のワールドカフェ ~企画編

こんにちは、岩元佳子です。
ワールドカフェを開催しました。

対話で見つける自分の子育て
「気づきと築きのワールドカフェ」

ワールドカフェは、会場をカフェにたとえ、、
コーヒーを飲みながらリラックスした空間の中で、
少人数のテーブルに分れ、
テーマに集中して話し合うスタイルのワークショップ。
組み合わせを変えながら、少人数での対話を積み上げていくのです。

素敵なことに、今回のワールドカフェは、
地元の名水の本物のコーヒーでのもてなしが実現しました。
ワールドカフェを開催してくださった、広島市ひと・まちネットワークのTさんが
奇しくも「まちづくりCAFEプロジェクト(まちカフェ)」という
一杯のコーヒーのもてなしを通して、町の人々や訪れる人々の、
心と時間と空間をつなぐ場づくりの市民活動を運営されていたのです。

なんと見事なマッチング。

企画の段階からトントントンと話が進みました。
対象が小中学生の保護者で、テーマは「親子」「子育て」。
Tさん「グループ単位でのワークショップをやったらいいんじゃないかと思うのですが」
わたし「それなら、『ワールドカフェ』というスタイルはいかがでしょう?
     …カクカクシカジカ…で、とってもいいんです」
Tさん「それいいですね。カフェならお任せ下さい」
という具合に。

さらにTさんの肝煎りで、ひろしままちづくりファシリテーターズから
お2人のファシリテーターに協力いただきました。

プログラムはカフェのメニュー風に、
カフェ・エチケットは各テーブルに可愛く三角柱にして、
問いはカップソーサーを模った紙に書いて…etc.
いろいろな楽しいアイディアを盛り込みました。

準備万端整えて、いよいよ当日。感動的でした。
詳しくは次回。

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2010年1月21日 (木)

勇気と自信

こんにちは。ブライトアシストの岩元佳子です。

勇気とは、
「普通の人が不安、恐れを懐いたり、
 躊躇・恥ずかしさを感じたりする所を屈しないで、
 自分が正しいと思ったとおりやってのけようという
 積極的な気力。(新明解国語辞典)」

自信とは
「そのことを間違いなくうまくやることができるという自己評価」

自分には勇気が無い、勇気があれば…と思うことがあります。
とくに苦手な営業をするとき。
勇気が出ないのは、自信がないから。
自信が無いのは…。

息子が小学1年生の頃、
子どもを叱ってばかりいる私の胸に突き刺さる言葉がありました。

その日も、何がしたいんだかはっきりしない息子に、
イラっときて「どっちなの?ちゃんと答えて。」と詰め寄ってました。

すると、
「ボクは叱られてばかりだから、『自信』が無い」と息子。

『自信』なんてボキャこの子にあったかしらと思って、
「『自信』ってどういう意味なの?」って訊いたら、

「自分を信じる勇気がないんだ」

その言葉を聞いて涙が出ました。
7歳の子にこんなことを言わせるぐらい、
私は子どもを叱ってました。

「自信を持て」「勇気を出せ」なんて
口で教えてできるようになることではないですよね。
自己肯定感から生まれてくるものです。
子どもの「自信」と「勇気」は親が育てるものですね。

私は彼を信じる勇気を持ち、
「心配」するのではなく「信頼」すると心に決め、
あれから8年。
中学三年になった息子はどうなんだろう。
try&errorを繰り返し、過信と不安を経験し
着実に大人になってきてるなぁ。

しかし、名言!
「自信とは自分を信じる勇気」

哲学的には勇気とは、
「恐るべきものと恐るべからざるものとを識別することなり」
恐れなくてよいことを「恐れなくていい」と決めることができることが勇気。

私の「自信」と「勇気」はどうしたら湧いてくるでしょう。

恐れないで勇気を持って自分を信じよう。
そしたら、もっと大きな勇気がわいてくる。

try!try!try!

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2009年12月22日 (火)

I'm a Coach, Now What?

ICF国際コーチ連盟のオーランドでの大会に参加していらっしゃった、
日本の名立たるコーチたちのお話を聴きました。

世界のコーチについて、まるで盲目の私には、
日本人コーチたちの伝えてくれる感想が、
最初はチンプンカンプン。

象を知らない私に、象を教えるようなもの。
「象の耳は巨大なうちわのよう」
「象の足は太い柱のよう」
「象の鼻はこん棒のよう」
で、象ってどんなの???

「英語での会話が不自由でも、体で感じる、雰囲気で分る、伝わるものがあった」
そう語る皆さんの声の華やぎに、ますます「???」
外国の方と話すときに、そういうことは、間々あることだと思うけれど、
なにかそれとは違うものがあったよう…。

2時間耳を澄ませて皆さんのお話を聞くうちに、
だんだん象の輪郭が見えてきました。

世界クラスのコーチたちの、
目の前の人の存在を認め、受容し、尊重するという
言葉を越えた在り方を感じた
ということなのかなぁと理解しました。
「本物」って思わせる在り方。

実際に自分で感じてみたい。
そして、自分もそう在りたい。

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